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避けて通れない日々…

2016|01|27
このところ様々なメディアで「介護離職」などという言葉を目にするたびに、思わずドキリとさせられてしまう。結構シビアな現実の真っ只中にいるものとして、仕事と介護を両立させることのしんどさが骨身に染みてわかるからである。
母の終の日の予感が、日々のなにげないしぐさに見え隠れする中では、明るく楽しく笑って過ごすことを心掛けながらも、荒涼とした地で石を拾い集めるような寂寞感に襲われることもある。
“目が離せない”という状況は、独りで介護をする者にとっては自身の日常に投網を掛けられたようなもので、網の目の先には広大な自由があるはずなのに、ままならぬ日々に天を仰ぐことも多い。
昨年の9月9日、浜中せつおさんのアトリエにお邪魔した折、ひとしきり私の介護の日々に耳を傾けて頂いたことが記憶に新しい。
介護の現実は、話すことで僅かばかり気持ちが軽くなることもある。
この時、浜中さんご自身も、悪性リンパ腫で闘病生活を余儀なくされていた奥様(神奈川新聞で20年以上にわたって演劇時評を執筆されていた演劇ライターの山田ちよさん)の介護をされていたのであるが、老いさらばえた母を看る私と、まだ若く、才能溢れる奥様を看る浜中さんとでは、日々の時間の意味が大きく異なるように思えたものである。
昨年の11月22日、浜中さんの奥さんは、60歳という若さの只中でお亡くなりになった。
私が訪ねた翌々日の、9月11日発行の日本演劇協会会報に寄稿された『神奈川の演劇事情』が奥様の絶筆となったことを後に知った。
                  ※
私の母はこの1月に95歳となり、朦朧としながらも「あ〜、秋の夕暮。人生の哀歓、身に沁みるのう〜」というのが口癖になっている。真夏であろうが真冬であろうが、お袋にとっての季節は、秋の夕暮であるらしい。
若さの中で死を意識する日々と、老いの末期に寄り添う日々とでは、目にする季節の色合いも、随分と異なるように思える。
今、浜中さんは新たな気持ちでカンバスに向かっているだろう。
ここ数年、風待ち状態で、漂っているだけの自分に必要なのは、心に風を吹かすことかもしれない…。
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昨年の9月9日、アトリエでの浜中さん。窓の外は降りしきる雨であった。

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CHASE!浜中さんの世界が、今後どんな広がりを見せてくれるかと、期待は膨らむばかりだ





posted by biggame at 17:02 | 日記

ようやくスイッチ・オン!

2015|03|17
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あれやこれやが多すぎて、恥ずかしながらウェブは随分と長い間、放置プレイの如き有様であった。
介護に追われる半年なんぞはアッという間である。
秋が過ぎ、冬の木枯らしに身を震わせ、師走の中で憂鬱な冬至を迎えたのも、はや昔日。大寒、立春、啓蟄を走り抜け、すぐそこに春分の日を迎えるところまで来てしまった。
人生なんぞはアッという間であることを実感する。
この間、国内でスポーツアングラーによるグランダーの記録でも達成されておれば、辛気臭い介護なんぞは打ちやって、その紹介に多くの時間を費やしていたかもしれないが…。
ま、この間、ビッグゲームのビッグニュースが無いことを幸いに惰眠を貪っていただけのことではある。
さて今夏、心震わすビッグニュースに出会えるだろうか?
そろそろ長く奉公に出している撮影機材の身請けに行かなければならないが、久方ぶりの御対面には照れてしまうものの、そろそろ戦闘モードにスイッチ・オンと行きたいところである。
posted by biggame at 21:04 | 日記

今季のカジキ・ベストショット

2014|09|27
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今季、カジキのベストショットは今月9月6日、塩釜ビルフィッシュトーナメント初日の10時18分に撮られたこのショットで決まりだ。
鈴木克宏カメラマン、久々のナイスショットだが、同氏の傑作は何といっても2010年の第32回JIBTでの空撮シーンだろう。スタンダップファイトでの“スピニングマーリン”。
ラインの先でジャンプするカジキと船上のチーム全員の緊張感を捉えた空撮シーンは見事なものであった。懐かしの名ショットは、近日発売の次号『BIGGAME』誌で。
posted by biggame at 09:43 | 日記

人生、一瞬の夏に似て…

2014|08|29
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延び延びになっていた串本の花火大会が、ようやく開催された。
昨年は外に椅子を持ち出し、遠くに上がる花火に、子供のような歓声を上げた母であったが、今年はその元気もなかった。
ぶらりとやってきた近所の新米教師と久しぶりに食事を共にし、その後、ウツラウツラしている母を家に残し、野郎二人で花火見物に出かけた。
いくつになっても花火は楽しいものである…。

鮮やかな色彩の乱舞と、光に遅れてやってくるズシリと響き渡る音は刹那。
刹那の連続は一瞬、永遠に思えるが、やはりそれも刹那。
あとは脳裏に焼き付いた記憶がその刹那を反芻するばかりだが、今は去年の、椅子にちょこんと座って花火を見上げていた母のうしろ姿が、永遠の刹那のように蘇る。

今週末は大洗取材。
ショートステイに預けた母が深夜、徘徊転倒しないか気にかかる…。

posted by biggame at 00:53 | 日記

看取り休暇も、そろそろ…

2014|08|26
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思えば長い道のりだった…

我が日本は、意外と窮屈な世界である。

男子である私もそう感じるこの頃、女性は尚更かもしれない。
産休を取るのも憚れることが多いような日常では、「介護休暇」や「看取り休暇」などという言葉自体も夢のまた夢かもしれない。
私は開き直ってこの2年間を半ば介護休暇のような気持ちでボ〜と過ごしているが、雑誌の発行が後手に回っている事だけが申し訳ない次第である。
おまけに、日々の介護ストレスを見習い大工仕事に逃避していたわけだが、“逃避の果ての結実”というものを最近とみに実感している。

家屋再生という作業は実に楽しいものである。おまけに日本古来の伝統工法は実際、実に素晴らしい!
ボロ納屋は目下、何とかここまで辿り着いたが、後は壁土を塗るばかりである。
しかしこの壁土が、なかなか一筋縄ではいかない。
淡路から運んだ練土に、近郊の古座川付近で調達した藁を8センチほどにカットし、それを練り合わせ半年ほど養生する。
ああ、それならこの2月頃から準備しておけばよかったと後悔しきりながら、行き当たりばったりの自己流作業では、そんな壁土の段取りなど思いもよらなかった。

もうカウント・ダウン間際のお袋との日々はこれまたこれで楽しいものである。

今週末、大洗の取材を終えて一気に次号の制作に入る予定だが、これは、しばらくご無沙汰していたオンナとのナニに似て、意外と気恥ずかしいものである。

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壁土養生プール
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壁土と藁スサ
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それらを足でこねる
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結構しんどい作業だが、楽しい!
83.藁と土の養生所
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熟成養生6か月!
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あと一息ながら…
posted by biggame at 20:38 | 日記

ぞろ目の奇跡!国内初の6ビルフィッシャー誕生!

2014|06|11
6月6日、《ウルフ》の大谷彰宏さんが、与那国で快挙を成し遂げた。
これまでクロカジキ、シロカジキ、マカジキ、バショウカジキ、フウライカジキと、国内で狙える6種のカジキのうち5種をキャッチされていた大谷さんにとって、残す最後の1種がメカジキであった。その念願の6番目の魚種を、6月6日に愛艇《ウルフ》でキャッチされたのである。この数字の並びに、なにやら“天使のささやき”を感じないでもないが、とにもかくにも国内で狙える全てのカジキ魚種をキャッチされた“最初のアングラー”として、大谷彰宏さんの名前は日本のビルフィッシング史に刻まれることになった。

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クロカジキ
大谷さんはクロカジキの大物狙いで有名だ。これまで与那国島沖で、この326sを筆頭に280s、278sの大物を記録している。現在、グランダー(1000sオーバー)に最も近いアングラーの一人であることは間違いない

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メカジキ
これが今回キャッチした6番目の魚種、メカジキ

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ベイビーサイズながら、紛うことなきメカジキの雄姿

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フウライカジキ
狙って釣るのは難しいフウライカジキを、一昨年のJBTK(串本)で記録したことが今回の記録達成の大きな弾みとなった

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バショウカジキ
これは2005年9月19日に与那国島沖で記録した41sのバショウカジキ

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マカジキ
大物狙いの大谷さんにとってマカジキは少々物足りない存在だが、今年はBOL西日本の初物として4月26日に和歌山の椿沖でも記録している

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シロカジキ
これは2010年4月30日に与那国島沖で記録した183sのシロカジキ


国内のフィールドに限定せずに語れば先達、高橋一郎さんが1990年に達成した“9ビルフィッシャー”の偉業があるが、これは国内外で狙える上記6種のカジキに、ベネズエラで記録したニシマカジキ、ニシクロカジキ、ニシバショウカジキを加えたものである。
高橋さんが“9ビルフィッシュ”の記録を申請した時点でのメカジキの記録はハワイで達成されたものであったが、その後、国内で“6ビルフィッシュ”を達成することを目標に、新たな活動を開始されたことは記憶に新しい。
6種のカジキで難易度の高いのはメカジキとフウライカジキであるが、国内のフウライは運を味方につけないことにはなかなか達成できるものではない。
結果、その手始めとして、国内6種のカジキのうち、難易度の高いメカジキのフィールド開拓とメソッド、ストラテジーの確立を目指して、高橋さんは狙い定めた与那国島沖での精進を開始された。それは確かな実績となり(本誌BIGGAME#029参照)現在、メカジキの日本記録では独壇場の活躍を見せている。

今回の大谷さんの記録も、高橋さんと《暁丸》の尾野文建船長が、与那国島で共に開拓してきた「ソードフィッシング」の延長にあるもので、まさに情熱の連鎖が生んだ“国内初の6ビルフィッシャー”の誕生に心からの祝福を贈りたいものである。

国内トーナメントも、今週末からの『サムズカップ』を皮切りに、その幕が切って落とされる。
長い冬眠から春眠に至り、なかなか暁を覚えなかったボンクラ頭が、ようやく覚醒してきた次第である…。

posted by biggame at 14:31 | 日記

人生ままならず…

2014|03|28
恥ずかしながら、久方ぶりでブログを覗いてみると、3か月以上も放置していたことに冷や汗の出る思いであった。
別に“放置プレイ”やらの趣味があるわけでもないのだが、どうも本質的に私はこまめではないのである。SNSで頻繁にやり取りをしている輩をみると、ただただ疲れるばかりで、自分はモニターを眺めるよりは庭先のメジロの鳴き声や姿を肴に一杯やっていたいほうである。
それもこれも余生幾ばかりかの、部分的に認知がかなり進んできたお袋との濃密な時間の中で、人生の、ある時間の過ごし方について、悔いのないようにという思いが強くなってきたからかもしれない。
あれやこれやにかまけて、本来ならば今年2号目の準備をしていなければならない時期であるが、いまだ原稿を上にしたり下にしたり、左にしたり右にしたりして、なかなか捗らない。
何度もお電話を頂戴した読者の方々には誠に申し訳ありませんが、次号がお手元に届くまであとしばらくお待ちくださいませ。
「そんな土方仕事にうつつを抜かしているから…!」という叱責に似た苦情も耳に聞こえてきそうだが、冬は隙間風に悩まされ、夏は強い西日に朦朧とした目下の手狭な仕事場から抜け出し、より良い編集作業に没頭するための涙の準備期間とご理解頂ければ幸いです。
そしてなによりも、ヨチヨチとした足取りでボロ納屋に顔をだし、朦朧とした頭で「いつできるんかいのう?」と訊ねるお袋の時間を優先させて頂きたいと、切に願うわけであります。

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昨秋、そろそろまともな仕事場を造ろうと、リフォーム予定のボロ納屋の屋根裏を恐る恐る覗いてみると、砂状に劣化した葺き土が野地板から漏れ出し、梁に堆積した状態…。暗澹たる気分に打ちひしがれた

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おまけに、かなりの雨漏り箇所が見つかり思わず絶句…。傷んだ瓦を葺き替える金などあるわけもなく、やけっぱちでズレた瓦を詰め上げてみると奇跡的に雨漏りが収まった!

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汗と埃と金欠で涙まみれになりながら天井を落とし、傷んだ壁板や床を剥いで行く。スコットランド在住の某元パイロットが来日の折に手伝ってくれる手筈であったが、椎間板ヘルニアを発症し、役立たず…

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柱も微妙に傾き、再生には大きな不安もあったが、梁を磨き渋墨を塗り、葦簀を張ってみると、なんとなくエエ雰囲気を醸し出してきたではないか…!

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こうなると俄然、土方仕事にも熱が入る。付き合い始めたばかりの伏し目がちの女が、その顔を上げてみると絶世の美女であったことに気づいたようなものである。この時期、肝心の編集作業などそっちのけで私は女に、いや土方仕事にのめりこんでしまった…

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地震に備え、気安めの筋交柱を入れ、大引、根太、床束を入れてみると、なにやら著名な数寄者が設計した和の趣が漂い始めた…

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そしてこの時期、律儀に、いや縁先のママレードにつられて訪れるメジロちゃんの、その愛くるしい仕草に癒される…

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そして今、やっとここまで辿り着いた。手前の通り土間にミラノ風の石畳か、淡路産の敷瓦でも入れれば絶世の美女になることは間違いないものの、そんな金などあるわけもなく、ふがいない自分にうなだれるばかりである…

posted by biggame at 12:01 | 日記

正真正銘のグランダーに覚醒する!

2013|12|12
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あれやこれやを考える濃密な介護の日々が続いている。
5ヶ月近く自社のウェブを開いていなかったが、束縛のツールでもあるFacebookやTwitterからも遠ざかっていた日々は、なにやら自身の野生が甦る日々でもあった。
朝は親父の墓参りから始まり、墓地に迫る山を越えて裏手の海まで歩き、自宅に戻ると1時間余りが経過する。それから新聞に目を通しながらお袋の食事の段取りをする日常は、これはこれでなかなか充実した日々ではある。
そんな中、昨日、与那国で丸掛け460sの、正真正銘のグランダーが釣れたという連絡があった。送られてきたその写真には丸々と太った、グランダー特有の体躯が写っていた。

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このサイズのカジキを、国内でスポーツアングラーが記録する日は近いような気がする。
来季が楽しみでならない。
posted by biggame at 21:42 | 日記

今季の沖縄、注目に値する三つの記録

2013|07|24
今年で9回目を迎えた沖縄『サムズカップ』を制したのは、304sのブラックマーリン(シロカジキ)だった。
6月8日、YYY俱楽部トローリングチーム(アングラー:江口博)によって記録されたこのシロカジキは、端正な姿をしていた。

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6月8日、ブラックマーリン304s

そして7月4日、『第24回与那国国際カジキ釣り大会』の前日、杉山和由さんが記録したクロカジキも304sだった。
6月と7月に達成された300sオーバーのブラック&ブルー、このふたつの記録が共に304sであったという偶然に、なにやら不思議なトキメキを覚える。

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7月4日、ブルーマーリン304s


またこの間の6月30日には、《なつとX》が慶良間推で243sのクロカジキを記録したが(萩谷孝彦キャプテン、アングラー:黒澤直人)、このクロカジキは上顎が欠損しており、摂餌にも苦労したと思われるが、よくぞここまで成長したものである。

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6月30日、上顎欠損ブルー243s

《なつとX》は沖縄から戻った後、大洗南東沖で7月13日と21日に2週連続でフウライカジキをキャッチするという離れ業も演じている。スポーツアングラーが2週連続でフウライカジキをキャッチしたのは恐らく初めてのことだろう。BOLの釣果報告も19本となり、《なつとX》は目下、トップを独走中だ。
次号『BIGGAME』の編集作業が楽しみである。




posted by biggame at 23:43 | 日記

497.8s!与那国、今季初のグランダー

2013|05|29
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オッ!一見、アングラーのようなポーズで写真に収まっているのは、本誌でもお馴染みの大谷さんではないか!?いいタイミングで与那国におられたわけだが、ご本人の釣果は?(写真:中島勝治)

5月26日、本誌『BIGGAME』(#029)でもお馴染みの、《暁丸》の尾野文建船長が497.8s(1097ポンド)の見事なクロカジキをキャッチされた。
ロッド&リールによるスポーツアングリングではないものの、たった1人での、まさに漁師の本懐を見せてくれたわけである。
5月26日、その日のメカジキ漁を終えて、2本のルアーを流しながら港に向かっていた尾野船長が、久部良の灯台を間近に見ながら潮目に入ったのが午後6時半頃…。その数分後、メカジキ漁の帰路、ルアーを流し出してから1時間20分程で、このグランダーとの邂逅を果たしたわけである。
450メートルほど一気に持って行かれ、カジキは尾鰭を海面すれすれに出しながらの重心の低いジャンプを一度だけ見せてくれたが、その時はさほどの大きさとは思わなかったようだ。しかし45分ほどで舷側に寄せたカジキを見て、その大きさに背筋がこわばる感じがしたと言う。
午後7時過ぎに取り込み、10分で久部良港に入った。
カジキは、それまでの尾野船長の最大記録270sをはるかに凌ぐ497.8sであった。
電話で話した尾野船長は相変わらず謙虚で、何の気負いも無く、久部良の夕日を眺めながら微かな潮騒に耳をそばだてるような至福のひと時であった。

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写真のブレ加減がグランダーの大きさを更に増幅させてくれる。さすが中島さん!web3.jpg
このルアー、なんだか分かりますよね?
posted by biggame at 01:04 | 日記

これって、スピニングタックルによる世界最大魚!?

2013|03|17
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いやぁ、オリオンが美味い!

先に紹介した「スピニング・マーリンで380s!」は、多くのお問い合わせを頂戴した。
「今回の佐々さんの記録を上回る記録はあるんですか?」というのも多かったので、さっそくあれこれ調べてみたが、これが無いのである。
380sを上回る釣魚ということになると、当然ながら対象魚も限られるので、クロカジキ、シロカジキ、メカジキ、クロマグロ、サメ類等にターゲットを絞り、あれこれ調べてみたが見当たらない。これまでのIGFA記録やら、はたまた『Marlin』やら『Salt Water SPORTSMAN』、それに『Blue Water BOATS & SPORTSFISHING』なんぞをことごとく調べてみたが、380sを上回るスピニングタックルによる記録には遭遇できなかった。
ま、「ステラ」や「ソルティガ」が登場する以前の記録を探してもあまり意味が無いと思うが、念には念を入れてみたのである。
で、結局、見つからず…。となると、佐々さんの記録って「スピニングタックルで記録された世界最大魚!」ということになるのかもしれない。
これを上回る記録をご存知の方は是非ともお知らせ頂きたい!

さて今回は「須賀さ〜ん、どないしましたの? 一向に次号が届きまへんで! 介護のぬかるみで足を取られっぱなしどすか?」という親しい『BIGGAME』読者の嘆き節に耐えかねて、佐々さんの記事をちょいと事前紹介なり。

Some Enchanted Afternoon…

魅惑の与那国〜豊饒の午後


スピニングタックルで記録された世界最大魚


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3月9日17時53分。与那国島、久部良漁港で検量された380sクロカジキ。アングラー、佐々兼弘の至福の時…。何度見てもええサイズや!3.jpg
ロッドは「カーペンター」のブラックビースト5.5ft(BB55-S)、リールはダイワのソルティガZ6500EXP。ロッドベルトはブラックマジックのXL。ハーネスは使用しない。4.jpg
300mのロングランに耐える

今回の記録を達成された佐々さん(50歳、東京都目黒区在住)は、以前はGTを主体にクリスマス島やインドネシア、オマーン等に海外遠征を繰り返していたようだが、大物志向が高まるにつれ、クロマグロを狙ってニュージーランドやカナダにも足を運ぶようになった。ちなみにカナダのプリンス・エドワードでは、400sクラスのクロマグロとのスタンダップファイトも経験している。
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プリンス・エドワードではシーズン毎にキャッチ尾数の制限がある。この時の佐々さんたちの釣行では、最初に佐々さんがこのクラスをリリース。その後、同行の八田さんにも同クラスが来たのでこちらはキャッチ

そして最近はカジキにも関心が及び、与那国島に釣行を重ねるようになった。《太郎丸》の玉城正太郎船長とはウマも合い、与那国では《太郎丸》一途である。で、その精進が先の3月9日の380sに結実したわけだ。
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「いやぁ、結構疲れましたよ!」と余裕で語る佐々さんの後ろで《太郎丸》玉城船長は疲労困憊6.jpg
ハカリは400sを指しているが、台座に乗せて計ったため台座重量20sをマイナスして380s7.jpg
今回の釣行に同行した釣友、『サンスイ渋谷ソルトルアー館』の鈴木猛さん(写真左)との記念撮影

今回のタックルを紹介すると、ロッドはカーペンターのブラックビースト5.5ft(BB55-S)、リールはダイワのソルティガZ6500EXP。
クロマグロを狙う時はカーペンターの5.2ft(BB52-B)にケンマツの50という組み合わせが多いようだが、与那国にカジキ狙いで通い出した頃は100s前後のカジキが多く、ケンマツではオーバースペックになると感じ、スピニングで挑むことにしたという。(※カーペンターのマーリンロッドについは『BIGGAME』 #010参照)。
ラインはPE5号を400m、それに130Lbのナイロンモノフィラを40m、そして200号のワインド・オン・リーダー(クランキング・リーダー)部を2mにエンドリーダー(いわゆるルアーリーダー)部を3mという構成だ。
フックはライブベイト用に、本誌でもお馴染みのビッグゲーマー、杉山和由さん(『BIGGAME』 #015、41頁参照)がアサヒ針に発注したオリジナルのツナタイプだ。
ロッドベルトはブラックマジックのXL。ハーネスは使用しない。

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フックはライブベイト用に、本誌でもお馴染みのビッグゲーマー、杉山和由さん(『BIGGAME』 #015、41頁参照)がアサヒ針に発注したオリジナルのツナタイプだ

「最初、ライブベイトに出た時は、150s程度だろうと思いました。次に300mほど一気に出されましたが、20分ほどで40mあたりまで寄せたものの、ロッドが戻らないほどのパワフルな荷重に耐えているうちに、今度は100mくらい真下に潜られました。この時点で、優に200sは楽に超える大物だと思いました」と佐々さん。

この時点で30分ほどが経過したわけだが、カジキの頭が向いたので、一気に上げようとしたものの、今度は300mほど水平に走られたようだ。50分ほどが経過して、また40m位まで寄せたものの再び300mほど走られた。
懸命なリトリーブで、再度40mほどまで寄せた時にナイロンラインが入り、一気にポンプアップでカジキの頭を寄せた。
ファイティング・ドラッグは8〜10sで、ナイロンが入ってからは15〜20sのMAXに入れた。
ゲームの終盤もパワフルで、2度ほど舷側に突っ込んできたというが、《太郎丸》の玉城船長が手際よくギャフを決めてくれ、1時間8分のファイトにピリオドを打つことができた。

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疲れた体を癒すお馴染みの『海響(いすん)』11.jpg
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今回の釣行に同行した鈴木さんのスピニング記録も満更ではないものの、佐々さんの記録の前では…

















posted by biggame at 22:27 | 日記

スピニングマーリンで380s!

2013|03|10
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昨日、与那国で、スピニングマーリンによる素晴らしい記録が誕生した。
380s!ナイスサイズだ。
『BIGGAME』今号は大幅に発行が遅れ、一昨日やっと入稿の目途がついた状況だが、またまた台割の変更をしたくなってきた。アングラーの佐々さんが帰られるのは明後日だと伺っているが、急ぎお話を伺いたい気もする。
2月は、本誌でもお馴染みの杉山さんが与那国で気を吐いていたが、やはり国内で一番グランダーに近い島は与那国であることには違いない…。

「スピニングマーリンでグランダー!」
いつかその日は来るのだろうか?
posted by biggame at 15:39 | 日記

庭で“鳥道”を究める

2013|02|17
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我が家の庭の、南天の小枝でポーズをとるメジロ君

庭に遊びに来る小鳥の歓心を得ようと、悶々とした介護の手慰みに、毎朝あれこれ餌を与え始めたところ、来るわ来るわ、メジロを筆頭にヒヨドリやツグミ、シジュウカラは言うに及ばず、名もしれぬ里山の珍客までもが大挙してやって来るようになった。

思えば、魚の名前に比べて鳥の名前は「な〜んも知らない!」ことに気付き、慌てて『野鳥 日本で見られる287種、その判別ポイント』なる本を探し求めてみたものの、いやはや鳥の世界も奥が深い。パラパラとページをめくると先日、近くの浜辺で見かけた鳥は、セグロセキレイとハクセキレイなんぞによく似ているが、セグロは「ハクセキレイに似るが顔が黒く、白い明瞭な眉班がある」、片や「セグロセキレイに似るが顔が白く過眼線が明瞭」などと識別ポイントが書かれているものの、神経質でせわしない動きの連中をまじまじと眺める機会も少なく、瞬時の判別は難しい。

小型のクロカジキと同サイズのマカジキの判別同様、その識別着眼点に目を凝らすしかないが、セグロは「海岸や河口近くでは見られない。またハクセキレイほど都市部には現れない」などという記述を見ると、生息環境による棲み分けもあるのかと、カジキの海水温の差による種の分布図にも思いを致したりするが、最初の印象で鳥を瞬時に識別できるようになるには時間が掛かりそうである

ヒッチコックの映画『鳥』を最初に見たのは、確か小学生の時であったが、ホラーとサスペンス、衝撃的なエンディングにおののいたものであるが、それに比べると、我が家にカップルでやって来るメジロ君たちは、実にノーテンキで楽しげである。人生、こうでなくっちゃいけない。

ちなみに映画『鳥』に主演したティッピー・ヘドレンの、知的なセクシーさには子供心にも漠然としたトキメキを感じるものであったが、去年であったか、82歳になったティッピーが、かつて映画『鳥』の撮影中に、ヒッチコックから再三に及ぶセクハラとパワハラ被害を受けていたことを告白したのには驚いた。ティッピーが監督の要求を拒むと嫌がらせをするようになり、さまざまな圧力をかけて映画女優としての道を断つことを画策したという。今にして思えば、あれだけの人気を得ながら、その後数年、映画出演がなかったことも合点がいく。

「ヒッチコック監督は私のキャリアを破滅に追い込みましたが、私の人生を破滅させたわけではありません」という彼女のコメントに、女の切ない意地と矜持を感じたものである。あのショッキングな告白以来、もう私が映画『鳥』をレンタルショップで借りることは無い。この先もきっと…。

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柚子のママレードを前に、「食べてええんやろか…」と考え込むメジロ君

3web.jpgその芳しい香りの誘惑に負け、大口を開けて「ええいっ!喰ってみよ!」4web.jpg
「なんや、めっちゃ旨いで!」と、この後、メジロ君たちはママレードの虜に

甘夏、はっさく等、柑橘類には目が無いメジロ君たちであるが、リンゴ、バナナ、熟した柿も大好物である。また写真のようにママレードやジャムもえらくお気に入りで、我が家に出入りするメジロ君たちはメタボ&糖尿の道をまっしぐらである。

これらの写真は、近所のMクンが、たまたま縁側に置いてあったカメラで手慰みに撮ったものだが、レンズとメジロ君の間に緊張感が感じられないのは、私が毎朝用意するお食事の賜物であろう。

庭で小鳥を愛でながら美味い酒をやる。その“鳥道”を極めるのもまた格別である。








posted by biggame at 20:53 | 日記

夢に感応する心

2013|02|06
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私たちのカジキ釣りは継承されるものなのか? ある時代の泡沫のスポーツで終わるものなのか? それは、それに関わる人々の夢の在りように求められるのかもしれない。

気がつけば、もう2月である。昨年は、あれやこれやが立て続けに起こったが、暮れにはとどめをさすようにお袋が大腿骨骨折! 年末に無事に手術を終えたものの、目下は朦朧とリハビリの日々である…。
この間、私はといえば、すっかり介護のプロになってしまったが、1月に大臀筋から大腿二頭筋にかけて電気が走ったような猛烈な痛みと痺れに襲われ、屈んで靴紐を結ぶことすら困難になってしまった。「えらいこっちゃ!介護人が要介護になってしまったら洒落にもならんで。ミイラ取りがミイラになるようなもんや…」とニヒルで自虐的な笑いを浮かべてみたものの、痛みでその顔も歪む始末…。
椎間板ヘルニアか坐骨神経痛? いやいや単なる肉離れやろ…と、何とか気を静めながら、お袋の手術をして頂いたM先生のもとに駆け込んだものの、整形外科の待合室に貼られたポスターには「その痛み、もしかすると癌かも…」などとあるではないか!?
シュールな現実に、少しばかり心臓の鼓動も高鳴ったような気がしたが、レントゲンで見た脊椎は若さに溢れた綺麗な並びであったものの、後日のMRIの結果が気にかかった…。
結果、MRIでも異常は確認されなかったが、原因が特定できないのもまた不安ではある。いつ破裂するやもしれぬ不発弾やらを抱えて行軍を続けるようなものであろうか…。

人は生きて死ぬ。それは単純明快な浮世の姿だが、叔母と父のふたりを見送ってなお、残された母親の最晩年の命火の揺らめきに、冷や汗をかいたり安堵したりの日々である。
無限にも思えた、いや考えもしなかった人生の終焉が、明確な輪郭をもって視界に立ち上がってくると、達観なくして日々の平安を得ることは難しい。

人は、自身の歩みの何かを残して死にたいと願うものだが、それは独りよがりの、たわいの無いものであることが多い。多くの犠牲を払って成し遂げたもの、その途上にあったもの、潰えた夢…。
つわもの共の、夢の跡に吹く風を感じ、感応する心。結局、その心の継承が最も価値のあるものであるかもしれない。

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ビッグゲームの夢は、親から子へ、先達から若者へ

posted by biggame at 17:18 | 日記

なんたる奇跡!

2012|11|24
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ロンピンにて218尾のT&R。して、その内の1尾とは運命の再会!

今日はこの夏以来、ずっと塩漬けになっていた原稿を恐る恐るつまみ出している。
すっかり良い塩按配になっているものもあれば、醗酵し過ぎて「鮒のなれずし」のような強烈な匂いを立ち昇らせているものもある。旬を外してしまったものはまた別の料理法も考えねばならず、それはそれで楽しいものの、大変な作業である。取材したばかりの素材を、料理もせずに活きの良さだけで売るのとは大違いである。

そう言えばこのブログでも度々紹介している9ビルフィッシャー高橋一郎は、今頃は博多に居るはず…。そうなればこれまた本誌でも度々紹介した福岡の金子さんたちと一杯やっているに違いないと、いつぞやの博多の夜を懐かしく思ったりする。

それにしても今年、高橋さんは奇跡的なカジキとの巡り合わせを体験している。
マレーシアのロンピンで、9月23日から10月29日までのセイルフィッシングで彼は218尾のセイルフィッシュをT&Rし、なんとそのうちの1尾は去年の9月28日に自身がタグを打ったものであった。
「あ〜ら、お兄さんお久しぶり!」とカジキも思っただろうか、両者にとってこれは奇跡的な運命の邂逅であるに違いないのだが、マレーシアのけだるい空気の下、一郎大兄のにやけた顔を見るとどうも劇的な心理描写には至らないのである。
短編の名手、サマセット・モームが、物憂げな南の島のけだるさの中で一郎とカジキの、運命の出会いを描けば如何なる作品になるのであろうか…。

高橋一郎と、玄界灘で312.1sのシロカジキを記録した金子元さん、それに玄界灘の若きパイオニア、新ちゃん達が今頃、鍋を囲みながらカジキ談義に花を咲かせているに違いない。
あ〜ぁ、羨ましい!

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さすがにこれだけ釣れると、ある種の苦行でもある…

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ゆら〜りゆらりと「ねえアンタ、またね!」

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再捕したカジキには、一年前に一郎本人が打ったタグが!
posted by biggame at 17:55 | 日記

娑婆に戻って…

2012|11|24
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長い沈思黙考を経て、再び軽薄な娑婆に戻る…

8月からのお勤めを終えて、やっと娑婆に出てきた感じである。
昨日は「串本ロイヤルホテル」でマグロ養殖の国際シンポジウムが開催されたので、久方ぶりでアカデミズムの場に足を踏み入れることができた。
串本町の研究施設で2002年に成功したマグロの「完全養殖」でその名を馳せた近畿大学水産研究所は、国際的に卓越した研究拠点の形成を支援する文部科学省の「グローバルCOEプログラム」に選ばれている。
串本のカジキ釣り大会(JBTK)の表彰式会場ともなるフロアに、この度は内外の研究者や漁業・商社関係者ら約300人が集い、養殖マグロの飼育技術や海外の研究動向に耳を傾けた。米国やオーストラリア、ドイツの研究者からは、日本以外でもマグロ養殖の技術開発が進んでいることなどが紹介された。
JBTKの表彰式とは打って変わった雰囲気の会場で、いつかはカジキの国際シンポジウムが開かれればと願った次第である。

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米国におけるクロマグロ養殖の可能性と将来について語るDr.Gina L.SHAMSHAK女史
posted by biggame at 16:03 | 日記

はや四十九日が過ぎ…

2012|11|24
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49日、早いのか遅いのか…

今週、父の四十九日のささやかな法要を終えた。
8月に叔母を看取って以来、あれがありこれがありで、“抹香臭い”と言うのは憚れるが、ようやく娑婆に戻った感がする。
毎朝の墓参は生活習慣のようになってしまった。
生前、親父とは交わす言葉も少なかったが、今はその穴埋めをするかのように、墓石に向かって語りかけ、これまでのぞんざいを詫びている。
不思議なもので、墓前で手を合わせるという心なりのなかでは、自身もそれによって清められるような気がしないでもない。いまだ煩悩まみれの我が身にあっては、毎朝の清澄な、一瞬の清廉な時間は心のビタミン剤のようなものである。
ま、その後は再び煩悩をまとい、夜には更に煩悩の厚着を重ね、へろへろになりながら、朝には再び身を引き締めて墓参に向かうわけである。

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思えば毎朝飲んでいた…

そんな朝、神奈川のOさんから「まだ『BIGGAME』が届きませんが…」とのお電話を頂戴した。しどろもどろになりながら「実はこれから原稿を書くようなありさまで…」と答えると「遅れるのは毎度のことなので今回も気長に待っていたのですが、あまりにも遅いので、もしや夜逃げでもしたんじゃないかと思って…」と、チクリと穏やかな嫌味を言われてしまった。一瞬、かつて付き合っていた女に「私の事など、全然考えてくれてないんでしょ!?」と詰め寄られたシーンを思い出してしまった。
あれやこれやの言い訳は抜きにして、「俺にはお前だけやで!」と『BIGGAME』に言ってやりたい気がしたものである。

posted by biggame at 14:55 | 日記

看取りの日々…

2012|10|22
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父の通夜は自宅で行なった。定番の居場所だった広縁で、焼酎のお湯割りをやるのが父の至福の時間であった

今年の夏のあとさきは、私の人生の大きな節目となった。
8月22日、89歳で叔母が亡くなり、その僅か41日後の10月2日、父が眠るように94歳の大往生を遂げた。

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線香は切らしても、好きな酒は絶やすべからず…
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戦前の黒麹菌を使って復刻したという泡盛、瑞泉酒造の御酒(うさき)もお気に入りのひとつであった

叔母の父、つまり私の母方の爺様は、新宮の速玉神社の近くで銀行に勤めながら、受け継いだ旅館の経営にも携わっていたが、昭和9年に47歳の若さで亡くなっている。叔母の兄は昭和19年にビルマで戦死し、過酷な時代を叔母は愚痴一つこぼさず生きてきた。
戦死した叔父の戦友が串本の出で、戦後、叔父が戦死した際の状況を報告するために新宮を訪ね、その後、同郷同期の親友を紹介する流れで私の父母は結婚することとなった。
人生には数奇な出会いが満ち満ちている。

叔母は母を、つまり昭和57年に85歳で亡くなった私の婆様を看取った時は、丁度今の私と同じ歳であった。叔母は生涯独り身であったが、人生を達観したように見えていながらも、遺品の中に見つけた日記には晩年の寂莫感が綴られていた。
伴侶も、当然ながら子供もいなかった叔母にとっては、出来の悪い甥っ子である私も可愛い存在であったのかもしれない。
叔母は姉、つまり私の母と共に、私の無鉄砲な出版活動に理解を示してくれた数少ないサポーターであった。編集プロダクションとして、請負で料理本や語学本等を出しているときはコンスタントに稼ぎながらも、カジキ釣りという極めてニッチなマーケットの、それこそ無鉄砲な出版活動に入れ込んでは赤字を垂れ流すという、懲りないライフワークを続けている極道息子を、嘆きながらも励ます姉の陰で、叔母がそっと銀行に足を運んでくれたことも度々あった。

この4月に軸足を串本に移したことは、そんな叔母たちへの最後の、どん詰まりでの浅はかな恩返しであった。実際、これまで介護帰省と称して繁く通っていたつもりではあったが、月に1度や2度の帰省では出来ることも限られ、それこそ上っ面を取り繕うようなことしかできていなかった。いわば自己満足だけのための介護帰省でもあった。
こちらに来て僅か半年ほどではあるが、大切な人の“傍にいる”ということだけで満たされる時間があるということを改めて実感した。
そして最後の、死に行く時間と空間を共にすることはかけがえのない恵みであることを実感した。

父は、私の仕事に対しては内心苦々しく思っていたかもしれないが、帰省すればいつも満面の笑顔で「おう、帰ってきたんか!」と迎えてくれた。慌ただしく上京する際は「おう、もう帰るんか…」と少しばかり寂しげな表情を見せたものだが、自身の、人生の時間がもうあと僅かばかりになってきたときに、息子の背中を見送る時の心境はいかばかりのものであったか、今にしてその心の在り様を考えている。

父は大正7年の10月に生まれ、時代のさまざまな苦労も味わいつくした生涯であったが、晩年の穏やかな笑顔の日々は大きな喜びと平安を与えてくれた。決して多くを語ることのない父ではあったが、今は言葉にされなかった父の想いに心を馳せている。

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葬儀は串本、無量寺の本堂で行なった。「枕経だけ、花は一輪でよし」という父の想いを実現してくれた長沢芦雪の『龍虎図』に囲まれた本堂の間。無量寺には丸山応挙や伊藤若冲、狩野山雪、狩野深幽らの名品もある。

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これが串本の無量寺

あの日、10月2日の夜は、それまで微かに聞こえていた祭りの準備の、練習の笛の音が途絶え、虫の音が耳に染み入る清澄な秋の気配の夜であった。冴え冴えと月が明るかった。

串本に軸足を移した4月以来、看取り介護を続けていた叔母が先の8月22日に亡くなったことは先に述べたが、叔母の葬儀が一段落した頃から今度は父が補陀落渡海の準備を始め、水も食事も体が受け付けなくなってきた。自身の体を溶かしながら死に至る3週間ほどは、老木が朽ちて枯れ行くような、平穏に天寿を全うする過程が如何に自然な流れであるかを実感させてくれるものであった。
この夏のあとさきに、私はふたりの死と向き合う実に充実した時間を過ごすことができたことに深く感謝している。

こちら串本は、祭りの時期は仏事を控えることがならいで、5日に通夜を済ませたものの葬儀は11日となった。結果、親父との別れは9日間のロングランとなったが、生前、親父がよく座っていた縁側で、同じく好きであった焼酎をちびりちびりとやりながら父に想いを馳せることができたのは、悲しくも満ち足りた至福の時であった。

春以来、まずはじっくりとふたりを看取れたことが、今の安らぎかなと思う。

ただ、この夏のあとさき、僅か41日間で妹と亭主がいなくなったお袋が、今はテレビを見ながら笑いこけている…。明るい介護、これがまた厄介でして…(笑)。

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そんなわけで『BIGGAME』#030は、制作が大幅に遅れてしまいました。これも100号までの一里塚と勝手に考えていますが、度々お電話を頂戴致しました読者の皆様方には改めて発行遅延をお詫び申し上げます。




posted by biggame at 16:01 | 日記

釣りにおけるスポーツマンシップ

2012|09|14
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既に紹介したこのグランダー(パシフィック・ブルー:1022.5ポンド)は先月18日、HIBTファイナル・フィッシング・デイの翌日にハワイ島カイルア・コナで開催された賞金トーナメント、「第26回ビッグアイランド・マーリン・トーナメント(Big Island Marlin Tournament)」で記録されたものである。
IGFAルールによるトーナメントではあったが、その苛酷なファイトにアングラーのモーリー・パーマーは耐え切れず、手助けやむなしの判断となった。
“とてつもない”巨魚であることは分かっていた。同時に今大会の賞金総額12万9690ドルもチーム全員の脳裏にあったはずだ。
全員が貝となってこの記録を申請していれば、IGFA女性世界記録と、かなりの賞金を手にしたわけだが、この爽やかな笑顔にはそんな邪心のかけらもない。
ワールドレコードと賞金は、彼女が1人でのファイトを断念した時に消え去った訳だが、その無念さを補って余りある“巨魚と出会えた感動”は、彼女の心をいつも熱くする筈だ。
posted by biggame at 00:11 | 日記

A SUMMER PLACE

2012|09|10
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今夏は、日差しの強さに映し出される陰影の濃さが、心に沁みる日々であった。
サザン・オフィスの庭先では、蝉が瞬時の夏を謳歌し、8月22日、(父・母・叔母、合わせて)274歳の一角を担っていた叔母が旅立ち、初めての喪主を体験した。
この春からの、死を意識した濃密な時間のもつれが、蜘蛛の糸がすっと梳きほどけていくように消えてしまった、そんな感じであった。
身近な人の死が、残された者の心を収斂させていくには、それなりの時間がかかるものである。我に返ったのは朝夕の涼しさが際立ち、庭草に降りた露が白く光って見える、そんな清澄な朝であった。

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今年のHIBTでは、2418ポイントもの高得点を叩き出しながら2位に甘んじた、本誌でもお馴染みの“マッチャン”こと松下正春さんの活躍が目覚ましかった。
HIBTが終了した翌日には、コナでは1022ポンドのグランダーが記録され、今年のハワイは、まさにカジキの当たり年であった。

国内では《フォワード》の三枝女史が100本超えを記録し、さまざまな感慨が交差する夏であった。
『BIGGAME』次号の制作も、ようやく佳境である。



posted by biggame at 23:25 | 日記